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横手のかまくら(毎年2月15・16日)
横手といえば『かまくら』秋田を代表する冬の風物詩、水神様を祀ったかまくらの中から、子どもたちの「入ってたんせ」と愛らしく響きます。冬の夜に、火の灯った「ミニかまくら」の平原ははまさに幻想的です。 |
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ぼんでん(毎年2月17日)
横手の『旭岡山神社の ぼんでん 』は、およそ270年の伝統と歴史を持つ、一番規模が大きいものです。ジョヤサの掛け声と、ホラガイの音で祭りは最高潮に盛り上がります。 |
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桜まつり(4月下旬から5月初旬)
4月下旬から5月初旬にかけ横手公園では約5千本の桜が花開く。農作業が忙しくなる前、春の日ざしと暖かくなった風を満喫できるひととき。 |
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ばらまつり(春:6月中旬から7月中旬、秋:11月中旬から下旬)
春は6月中旬から7月中旬、秋は11月中旬から下旬にかけて横手公園内のばら園にある3千株余りのばらが咲く。牛沼や太鼓橋を巡りながらのんびり散歩するのにちょうどよい。 |
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送り盆(毎年8月16日)
各町内で屋形舟をつくり8月16日の夕方に繰り出してゆく。提灯を先頭に、後ろから笛・太鼓のお囃子ではやしたてる。総勢十数人で舟を担ぐ。蛇の崎橋の上で先陣を競い、舟と舟が衝突する。夜空に花火が咲き、川に灯籠が放たれる。飢饉で亡くなった人の霊を慰めるために、江戸時代にわら舟を作って川原に繰り出したのがはじまりと伝えられる。 |
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よこて菊祭り(9月〜11月)
毎年市内の多くの愛好家からさまざまな菊が出展され、その美しさを競う。会場となっている横手公園には、まつりの目玉・菊人形などを目当てに、県内外から多くの観光客が訪れる。 |
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秋田ふるさと村(横手市/通年)
秋田県の観光と物産の拠点。全部見尽くすにはたっぷり1日かかる。入場無料、一部施設は有料。工芸展示館では、秋田を代表する工芸品の制作過程がビデオ放映されている。その技の極みに驚嘆させられる。 |
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御嶽山と塩湯彦神社(横手市/通年)
標高744mの御嶽山頂にある塩湯彦神社は、山岳修験の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が開山したと伝えられる。927年に醍醐天皇が定めた「延喜式神名帳」に記され、秋田県内最古の神社として知られる。 |
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後三年の役と金沢公園(横手市/通年)
平安時代末期の公家社会では武士の台頭が大きな脅威だった。やがて公家社会が崩壊し武士社会へとかわっていく。そのきっかけとなったのが前九年の役と後三年の役である。金沢柵は四面 が断崖絶壁の天然の要害。 |
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横手城と横手公園(横手市/通年)
横手城は仙北三郡(現秋田県南部)の領主・小野寺氏によって1550年ごろに築かれた。関ヶ原の戦いで石田三成側についた佐竹義宣が水戸より秋田に転封され、久保田城(秋田市)が本城、横手城が支城となる。1868年戊申の役によって落城した。現在は資料館・展望台となっている。 |
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本多上野介正純、岩瀬御台と滝の沢霊場(横手市/通年)
本多上野介正純は家康の右腕として徳川幕府の基礎づくりをした実力者。秀忠の時代に宇都宮釣天井事件で失脚し1624年横手に流された。家光の時代には、外出を禁じられ窓に板戸が打たれた。1637年没。上野台に墓碑がある。 |
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旧日新館と戦後の復興(毎週水曜日午前9時〜午後4時)
旧日新館は、アメリカ人英語教師の背丈に配慮して、1902年上野台に建てられた。明治の木造洋風建築は全国でも数少ない。マルチン・M・スマイザーは40年余り日新館に住み、教師・宣教師として活動した。1945年には進駐軍約100名の撤退交渉に尽力した。 |
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石坂洋次郎(午前9時〜午後4時開館、月曜・祝祭日の翌日は休館。)
「若い人」「青い山脈」などの作品で知られる作家・石坂洋次郎は青森県弘前市の出身。1926年(大正15年)に26歳で横手に赴任。13年間、横手で教員生活を過ごす。作品の舞台になるとともに洋次郎に大きな影響を与える地となった。石坂洋次郎文学記念館には、直筆の原稿や遺墨、写真などが展示されている。 |
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かまくら館(午前9時〜午後5時開館、12月29日〜1月3日は休館。)
横手の伝統行事「かまくら」をいつでも体験できるファンタジックギャラリー、文化の拠点としての本格的なコンサートホール、市民の集会や学習の場としてのギャラリー会議室、文化の複合施設です。 |
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